ひと通り読みたい本を読み尽くしたあと、何読もうかなぁと読む本を選ぶのに一日を費やす日もあったりします
大人しく目に留まった小説をかたっぱしから読めよと思うかもしれませんが、読みたい本が決まらないときって、なんでもいいから読みたいって気分じゃないんですよね
わたしって本の虫じゃぁまだまだないのかもしれません^^;
そういう時はインターネットのレビューサイトを見て面白そうな本、評判の良い本を探してみてます♪

隣人のラノベを見て思いだしたこと

先日、電車内で隣に座っていた女子高生が小説を読んでいました。何を読んでいるのだろうと気になって、あまり良くないこととは思いつつも、ちらっと覗いてしまったんです。そうしたら、なんとなく見覚えのある文章が!カバーをしていて題名はわからなかったのですが、主人公の名前が見えて、間違いないと確信しました。昔、私が夢中になっていたライトノベルです。それは、当時はライトノベルの中でも特に新しいジャンルと言われ、かなり人気があったものでした。今は新しく出てくる作品に人気を奪われているでしょうが、それでも定番作品として、かなりの人気があるはずです。いつだったか、新装版が出ていましたもの。学生時代の当時、ライトノベルは友達と貸し借りしあって読んでいました。私はこのシリーズ、あの子はこのシリーズという具合です。一般小説と比べて、長く続いていきますからね。限られたお小遣いでは、総てを集めるのは大変だったんですよ。ものに宿る記憶というのは案外鮮明なもので、芋づる式にいろいろなことを思いだしました。隣の彼女も、いつかこうして、今を懐かしむときが来るのでしょうね。その頃になっても、その作品を好きでいてくれるといいなと思います。

27
10月
2014

記憶に残る先生のこと

学生時代の先生のなかに、毎日本に関わるグッズを身に着けている人がいました。それは絵本の絵柄のシャツだったり、キャラもののグッズだったり、何かの特典の文具だったりしました。ずいぶん個性的な方だなあとは思いましたが、それだけのグッズを持っていることにも、それだけのこだわりがあることにも、感心しましたね。それほどの情熱があるから、先生になれたのだろうとも思いました。好きを極めた先生、素晴らしいです。最近はグッズも多いですが、その先生と私が一緒だったのはもうだいぶ昔ですからね。集めるのもかなり大変だったんじゃないでしょうか。今懐かしく思いだしているのは、学生時代に読んでいた本を読み直しているからです。あの頃に感動をうけた本は、今でも私の心に残っています。あの時代の感性って独特というか、とてもきらきらしていて、色褪せないんですよね。全ての根本になっているというと大げさですが、あの頃好きだったものは、けして嫌いにならないだろうなあと思います。押入れの奥から引っ張り出したこの本たちは、読了後、また大切にしまわれることでしょう。家族には押入れの底が抜けると怒られていますけれどね。今まで大丈夫だったから、今後もきっと大丈夫でしょう。

13
10月
2014

過去と今を繋ぐ場所

先日、雑誌で古書店特集を読みました。子供の頃は個人経営の古本屋もたくさんありましたが、今は随分数が減っています。その今、古書店特集。しかも載っている店が近所となれば、嬉しくないはずがありません。ああ、こんなにも残っているのか、頑張ってくれているのかと、うっかり目頭が熱くなりました。例えば昔手放してしまった本をもう一度読みたいと思ったときに、既に絶版となっていることがあります。それを古書店の片隅で見つけたときのあの感動。大げさかと思えるでしょうが、子供の頃の絵本を見つけたときは、思わず本を抱きしめてしまいました。ひらがなで名前が書いてあって、この子が読んだのだろうと思いながら、それすらも楽しかったんです。再販するタイプの本ではないので、たぶんその子は私と変わらない年齢になっているはず。この本を読んで何を考え、今はどこで何をしているのだろうとまで想像しました。こうして書くと、私、ちょっと変わっていますね。その本は、今は本棚にしっかり並んでいます。もう手放すことはないでしょう。知り合いの子供が欲しがったけれど、あげなかった唯一の本です。過去の思い出、あるいは絶版した本。古書店は過去を与えてくれる、素敵な場所だと思っています。

29
9月
2014

地元を愛する、地元作家の本

地元作家の本を読んでもらおう!ということで、近所の本屋には地元の本を集めたコーナーがあります。棚に本を立てかけて、表紙をお客さんに見せる形で並べてあるので結構壮観です。ふらりとそこを訪れて適当に一冊手に取ると、中には見知った地名や方言があったりして、それがふっと和むんですよ。ああ、自分の住んでいる土地だなあ……なんて。感慨に浸る年じゃないでしょ、とよく言われますが、浸ってしまいます。多くの人は意識するしないにかかわらず、地元を愛していると思います。もうこんなところ大っ嫌い!っていう人は、年を重ねた人ならなおのこと、少ないのではないでしょうか。私は若い頃は嫌だったけれど、今はここ以外に住みたくないと思っています。そんな中、自分の好きな本のページに、見知った地名があるのは非常に嬉しいわけです。近所が出てくるとどきどきします。小学校の頃、学校のお祭りの歌を作りました。歌詞は生徒から募集して、そのときも地区の名前がたくさん入った歌詞がいっぱい集まったのを覚えています。候補作を公表していましたから。地元を好きだと思えることは、素敵なことですね。父も母も地元一筋。私もここで、両親のように年をとっていきたいと思っています。

11
9月
2014

本で重量オーバー?

友人が道を歩きながら本を読んでいたら、小学生に「歩きながら読んじゃダメ」と注意をされたそうです。今までいろんな人に注意されたけど、小学生は初めてだったよ、とちょっと興奮気味に話してくれた彼女。歩きながらなんて、子供に言われるまでもなく危ないですよね。彼女は本の虫なのです。気がつくと本を読んでいます。読む本のジャンルは様々で、そんな彼女の部屋は、それこそ本のタワーに埋もれているそうです。同居の母親が、いい加減底が抜けるから勘弁してほしい、というくらいのレベルだとか。本は重量がありますからね。別の友人は、本をしまい込んでいた押入れの底が抜けたと言っていました。びっくりしたよ、穴開いたんだから、と。それを聞いてから、私は本を分散させておいています。我が家はそんなに大きな本棚はないので分けなくても問題はない気がするのですが、念のためですね。大量の本やグランドピアノを置く際は、家は特別に強度を高く設定しなければならないなんて話も聞いたことがあります。ある作家さんは引っ越しの際に、本をしまう棚だけ特別設計をしてもらったとか。好きだからついたくさん買って、ため込んでしまう本ですが、重量オーバーには気を付けないといけませんね。

17
8月
2014

変わる事柄、日々勉強

先日雑誌を見ながら母が「私が習った頃とは、歴史の教科書も変わっただろうねえ」と言いました。「新しい発見がされて、いろいろ違ってきているもんね」と。それを聞いて、なんとなくさみしい気持ちになってしまいました。学者さんが研究を重ねることによって、歴史の事件の年号が変わったり、事実自体が変わったりもしています。でもそれなら私たちが苦労して覚えたあの事柄は何だったのだろうと思ってしまうのも事実。せっかく覚えたものが違っていくなんて……ちょっとショックを受けましたが、要は人間、一生勉強ということなのだろうなあと考え直すことにしました。なんだって日々変化していくのです。ついて行くべきものにはついて行き、大切にするものは大切にする。学ぶ知識は新しいものがいいけれど、たとえばおふくろの味などは改変されたら悲しいですから。情報は自分で選んで取り入れて行けばいいのでしょう。それに学ぶことが尽きないということは楽しいことです。学生の時にはそんなこと絶対思えなかったのに、勉強の機会が減った今こう思うのはとても不思議なことではあるのですが……減ったからこそ、なんでしょうね。新しい知識、せめて興味のある分野だけでもしっかり勉強していきたいです。

01
8月
2014

本のサイズと扱い方

私の目の前の本棚には、小説と漫画が並んでいます。けっこうな冊数がありますが、そのサイズは二種類です。小説が文庫サイズ、漫画がB6サイズ。漫画はいわゆる青年コミックということになります。この『本の大きさが揃っている』ことって、素晴らしいことだと思います。本棚にどれだけたくさん並べてもすっきり見えますし、持ち運ぶのも楽ですし。昔「どうしてこのサイズに決まったのかなあ」と独り言を言っていたら、母が教えてくれました。それは紙の大きさが決まっているから、それを何等分するかで決まる、とのことで、小さかった私は母は物知りだなあと感心したものです。と言いつつ、その真偽は私にはわからないのですが。大人になった今考えると、だいたい内容で決まっている気がします。写真集や地図帳など、細かなところまで必要な画像ものは大きめのサイズで、手に持って読みたい小説は小さめですもの。この内容の物はこのサイズが使いやすい、などということで決まっているのかもしれませんね。あくまで私の想像なので、事実は違うかもしれません。でもとにかく、だいたい決まったサイズと内容で揃っている本は、本棚に並べるにも手に持って読むにも、扱いやすくてありがたいのです。

16
7月
2014

恋には発展しないぼんやりした日常

経った今、衝撃の事件がありました。私は、午前中書き物をしていました。その途中席を立つ用事があり、とっさに私は持っていたボールペンを着ていたTシャツの、襟の部分にひっかけたんです。そしてそのままそのことを忘れ……買い物に行ってしまいました。襟にペンをひっかけたまま……。気が付いたのは、帰宅したとき。手を洗おうと腰をかがめたら、視界に入ったんです。私、その格好でどれだけ長い時間、平然と過ごしていたんでしょう。そしてどうして誰も何も言ってくれなかったんでしょう。穴があったら入りたいという気持ちは、まさにこのことだと思いました。こういう少々ドジなことをすると、小説や漫画なら素敵な異性に指摘されて、そこから恋が発展なんていう状況もあり得ますが、現実はなかなか……。自分で恥ずかしくなって、一人で大笑いしたくらいです。この間も銀行に用事があったのに通帳を忘れてしまったり、同じ本を二冊買ってしまったりと、最近の私はちょっとぼんやりしているようです。気をつけなくちゃいけませんね。ちなみに買った二冊目の本は「買わなきゃ」と言っていた友人にプレゼントしました。喜んでくれたので、それはそれでいいか、と思っています。

05
7月
2014

折り本にチャレンジ!

折り本を自分で作る方法と言うのを知りました。A4の紙に八ページ分印刷して、それに切込みを入れて折ると完成するらしいのです。らしい、という言葉は、実際に自分で作っていないからつけています。八ページ分をきっちりサイズをそろえて印刷する、その方法がわからないのです。とりあえず形にしてみたいと印刷をせずに折るだけではうまくできました。でも印刷の設定がうまくいかないんです。パソコン相手に悪戦苦闘しましたが、余白の設定などしても、どうしても半端なものになってしまって……。たぶん私の知らない技術やコツがあるのでしょうね。パソコンも長時間使っていると疲れます。最後には頭が痛くなってきたので、折り本作りは諦めました。今度、もっとよく調べてみることにします。友達はとても器用な子で、ハードカバー製本を自分でやったりもするんですよ。その子に聞いたら方法がわかるかもしれません。ちなみに製本は「高校で習ったよ」と言っていました。普通科の学校らしいのですが、面白い授業もあるものですね。私が学生のときはそんなこと習わなかったなあ。勉強ばかりしていた学生時代でした。若いうちにいろいろ経験してみるというのも大事なことですね。今になって実感しています。

23
6月
2014

偶然から生まれた共感

先日電車の中で小説を読んでいたら、隣席からブフッ、と吹き出すような笑い声が聞えました。なんだろうと目をやれば、座っているのは若い男性。手元をのぞき込むと、漫画を読んでいました。その漫画は私も持っているもので、さらに言うならば私も笑ったページでした。こんな偶然ってあるものなんですね。しかし、彼はチャレンジャーですよ。私はその漫画を家で読んだのですが、どうしても、何回読んでも笑ってしまうものですから、自分で自分に外で読むことは禁止したんです。それを電車で読むなんて……あまりの面白さに、笑うのをこらえきれなかったんでしょうね。笑ったあと、彼はきょろりとあたりを見回して、再び漫画を読み始めました。彼は笑いをこらえながら読み続け、私はそんな彼が気になって小説に全然集中できず。でも楽しい時間は過ごせました。ここでドラマなら「その本、面白いですよね」とか声をかける場面なのかもしれませんが、私は人見知りの小心者。そんなことができるはずもなく、心の中で同じ本の読者であることを喜んでいただけなんですけどね。友達と同じ本を読んでいたことはあっても、隣に座った知らない人は初めてです。好きな漫画を読んでいることで、彼にすごく共感がわきました。

10
6月
2014